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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10687号 判決

主文

一  被告柏木易之は原告に対し金一〇五五万円及び内金九六〇万円に対する昭和六一年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告柏木易之に対するその余の請求及び被告全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会及び被告赤帽軽自動車運送協同組合に対するすべての請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の三を被告柏木易之の負担とし、被告全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会及び被告赤帽軽自動車運送協同組合に生じた費用はすべて原告の負担とし、その余はいずれも各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一七六〇万円及び内金一六〇〇万円に対する昭和六一年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は肩書住所地において「菟玖波」の屋号で古美術商を営んでいる者であり、被告柏木易之(以下「被告柏木」という。)は「赤帽埼玉日進運輸」の商号で貨物運送業を営んでいる者、被告全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会(以下「被告連合会」という。)及び被告赤帽軽自動車運送協同組合(以下「被告協同組合」という。)は、いずれも中小企業等協同組合法により基づいて設立された組合である。被告柏木は被告協同組合の会員であり、被告連合会は被告協同組合をはじめとする全国の赤帽軽自動車運送協同組合によって構成されている。

2  運送委託契約の締結

原告は、被告柏木に対し、昭和六一年一二月一七日、訴外小川が所有し原告が預かり保管していた藤田嗣治作の「スージー嬢と犬」と題するデッサン一枚(縦一メートル、横六〇センチ、以下「本件絵画」という。)を含む掛け軸・人形・埴輪等の展示即売会の残品約二〇〇点を東京都渋谷区の東急百貨店東横店から東京都文京区湯島の訴外小川五郎(以下「訴外小川」という。)方まで運送することを委託する契約(以下「本件運送契約」という。)をし、被告柏木に対し、右同日その引渡しをした。

3  本件絵画の紛失

被告柏木は、右同日、運送途中で本件絵画を被告所有の軽貨物自動車(以下「本件車両」という。)の荷台から落下させて紛失し、訴外小川方まで届けることができず、本件絵画は現在まで発見されていない(以下「本件事故」という。)。

4  被告柏木の責任(択一的)

被告柏木は、原告に対し、原告の被った後掲の損害について、原告との本件運送契約を履行しなかったことにより債務不履行責任を負い、仮にしからずとするも、故意又は過失によって本件絵画を紛失したことにより不法行為責任を負う。

5  被告連合会及び被告協同組合の名板貸による運送契約上の責任

以下に述べるように、被告連合会及び被告協同組合(以下被告両名をあわせて「被告両組合」という。)は、被告柏木に対し、被告柏木が運送業を行うに際し、被告連合会が専用使用権を有し自己の名称及び被告両組合との同一性を表す登録商標「赤帽」の使用を許諾し、そして、原告は、被告柏木の運送業について、被告両組合をその営業主と誤認したものである。

(一)(1) 組合員の商号

被告両組合は、組合員が運送事業を行うにあたって使用する商号の頭文字に登録商標「赤帽」を掲げることを義務付けている。

(2) 車両の表示

被告両組合は、組合員に対し、軽車両等運送事業を行うに際し使用する車両について、被告両組合が指定する軽自動車「スバルサンバー」の使用、赤と白による「赤帽シンボルカラー」による色分け、組合員の同一性を示す名称の記載に際し、「赤帽」の商標の使用、「赤帽」が登録商標であることの表示、被告連合会の名称の表示、車両屋上に赤帽の文字が容易に識別できる表示灯の設置等を義務付け、もって、その組合員に被告両組合を表す「赤帽」なる名称の使用を許諾していた。そして、右赤帽の指定車両は、日本全国で約二万台走行しているが、すべて同一色、同一車種であり、しかも、同一の方法で「赤帽」と統一的に表示されているため、他の大規模運送業者と同様に、赤帽車両はすべて赤帽に関する同一組織に所属し、その指揮命令系統のもとに大規模にその営業活動を行っていると同様の様相を呈していた。

(3) 運賃領収書等の記載

被告両組合は、その組合員に対し、その運賃について統一料金の請求を義務付け、その際使用する請求書、領収書及び作業明細書等は、被告両組合が指定する統一用紙を用いることを義務付けていた。そして、その統一用紙には、被告協同組合の名称が記載されており、組合員は、被告協同組合の名称のもとに「赤帽」の商標が入った自己の名称を記載するよう義務付けられていた。

(4) 電話帳の記載

被告両組合は、その組合員が運送業を行うに当たり、使用する自己の同一性を示す名称に「赤帽」なる商標を記載することを義務付けていたため、職業別電話帳である「タウンページ」には、被告両組合の組合員である「赤帽」の商標を冠した運送業者が多数掲載されていた。しかも、被告協同組合埼玉県支部は、右タウンページ埼玉県中央版において、「赤帽は全国で二万台の赤帽車が荷主さんの身になって働きます」とのキャッチフレーズのもとに、前記赤帽の指定車両の図に「赤帽連合会本部、荷主さんの心を運ぶ赤帽車」と記載した広告を載せ、さらに、その広告に被告協同組合の埼玉県支部及び埼玉県内各営業所の電話番号を載せ、赤帽が全国的にその運送網を配備しており、埼玉県内でも多数の所属運送店を有しているのみならず、被告協同組合自体もその運送業に携わり、しかも、その運送が非常に信用をおけることを電話帳利用者に宣伝していた。

(5) 新聞、テレビ・ラジオ等による広告

被告両組合は、新聞で、「ニッポン全国へ迅速に」「二四時間体制」「全国ネットワーク」「引っ越し規模に合わせて赤帽車の台数を揃える」などと、被告両組合が全国的組織で、赤帽車により確実に安心して運送を行うことを宣伝している。

また、被告両組合は、テレビ・ラジオ等でも、同様に赤帽による運送が信頼をおけること、赤帽による運送が全国ネットであることなど、赤帽による運送が全国津々浦々まで行われており、しかも、その責任主体が被告両組合であるような宣伝を行ってきていた。

(6) パンフレットの記載

被告両組合は、その利用者向けのパンフレットに、赤帽による輸送が全国ネットワークであること、赤帽による運送が信頼できるものであり、万全の態勢で輸送すること、二四時間体制であり、被告両組合に電話をかければ、何時でも運送の受付に応じること等を宣伝しているほか、主要取引先として大企業を何社も掲げ、被告両組合が信用のおけるものであることを強調し、赤帽車による運送は、被告両組合の指示のもとに行われ、またその運送について、被告両組合が責任の主体であるかのような宣伝を行っていた。

(7) 以上のような被告両組合の宣伝活動により、被告両組合は、「赤帽」なる名称のもとに、日本全国に二万台の赤帽車を有する全国組織の信用性の高い運送業者で、赤帽車の運送については、その最終的責任主体であるかのような外観を与えていた。

(二)(1) 被告両組合は、被告柏木に対しても、被告協同組合の組合員として、軽車両等運送事業を行うに際し、「赤帽埼玉日進運輸」なる商号を使用することを認め、前記指定車両を使用し、その車体に被告柏木の同一性を示す「赤帽埼玉日進運輸」の名称を記載して「赤帽」の商標を記載することを義務付け、さらに、「赤帽シャトル便」「荷主さんの心を運ぶ赤帽車」なる表示をすることを認め、もって、被告連合会の名称の使用等、「赤帽」なる被告両組合を表す名称の使用を許諾していた。

(2) 被告両組合は、被告柏木が軽車両運送事業を行うに際し、その運賃について使用する領収書・作業明細書に、「赤帽軽自動車運送協同組合」なる表示、赤帽埼玉日進運輸と商号中に「赤帽」の表示を義務付け、被告柏木が被告協同組合の名称及び被告両組合を表す「赤帽」なる名称の使用を許諾した。

(3) 被告両組合は、被告柏木に対して職業別電話帳「タウンページ」の埼玉県中央版に、「赤帽埼玉日進運輸」なる名称で電話番号を掲載すること及び「ハイ!赤帽埼玉日進です、即参上、日・祝・夜間でもどうぞ!赤帽埼玉日進運輸」なる広告を掲載することを許諾し、もって、被告両組合を表す「赤帽」なる名称の使用を許諾した。

(三) 原告は、業務上日本全国に美術品等を安全確実に運送する業者を必要としていたが、前記のような宣伝を被告両組合が行っていること、「赤帽車」が至るところで走っていることなどから、全国ネットの信頼のおける運送業者である「赤帽」であれば、安心して美術品を運送してもらえると思い、原告方の近くの赤帽業者を「タウンページ」で調べ、被告柏木に運送を依頼することにした。被告柏木は、原告が運送を依頼している間、前記仕様の「赤帽車」を使用し、運賃についても前記仕様の領収書・請求書を使用していた。また、被告柏木の都合の悪いときは、被告柏木に代わり、赤帽板屋運送、香内急送、赤帽ポップサービス、赤帽一哲運送等の他の赤帽業者が来て運送業務を行っていた。本件運送の際も、被告柏木に加え、同じく赤帽業者の赤帽永昌運輸が手伝っていた。これらの事実から、原告は、右赤帽所属業者を含め、被告柏木が被告両組合の統一的な指揮監督のもとに営業的活動をしているものと理解し、被告柏木の行う運送業の営業主を被告両組合であるものと誤信した。

6  被告両組合の共同不法行為責任

被告両組合は、右5(一)(二)記載のような行為によって、原告をして右5(三)記載のように、被告協同組合所属組合員との間の運送委託契約は、全国組織である被告両組合との間で締結され、事故が生じた場合も補償の体制が万全であるかのように誤信させて、原告をして被告柏木との本件運送契約を締結させ、かつ、右のような広告宣伝をする以上は、運送方法等について組合員を指導教育し、万一の場合に備えて共同の保険に加入させる等して、損害の補填を可能にする義務があるのにこれを怠ったものであり、被告両組合の右過失行為の結果、原告は、被告柏木の本件絵画紛失により後記のとおりの損害を被ったのであるから、被告両組合は、原告に対し、共同不法行為責任を負う。

7  被告両組合の使用者責任

被告両組合は、以下のとおり、自ら行う自動車運送事業のために被告柏木を使用していたものであるから、被告柏木が本件絵画を紛失したことによる損害につき、使用者責任を負う。

(一) 被告両組合の事業

被告両組合は、定款にも記載されているように、自らが契約当事者として共同荷受等の自動車運送取扱事業を行っている。

(二) 組合員の両組合加入に際しての制約

被告協同組合は、組合員の加入にあたり理事長が加入希望者に面接して加入の適否を判断し、会員規約の遵守誓約書を提出させ、内部システムに則り軽車両等運送事業の営業資格を取得するための指導を行い、組合員に対し、自ら車両を運転する個人事業であること、使用する名称について「赤帽」の文字を冠すること、加入時に手数料として数一〇万円支払うように義務付けるという一般の協同組合とは異なった厳しい手続・制約を課している。

(三) 事業を行うについての遵守事項

被告両組合は、組合員の営業活動について以下のとおり遵守事項を定めている。

(1) 運賃・料金、その徴収方法等については、被告協同組合が決めた赤帽配車規則に従うこと。

(2) 指定車両の使用を義務付け、赤帽登録された以外の車両に「赤帽」の文字を表示してはならず、保有する事業用車両の台数を原則一台に制限し、増車は五台までとし、被告協同組合の許可を要する。

(3) 被告連合会所定のユニフォーム着用を義務付けている。

(4) 定期又は継続的に他府県の組合員に運送を依頼する場合は、被告協同組合に運送依頼の内容・条件等を記載した書面による届出・承認を義務付けている。

(5) 紛争が生じた場合、被告連合会は役員を派遣して事態収拾に当たり、組合員はそれを拒否できない。

(四) 事業に変動が生じた場合の制約

被告両組合は、組合員の事業に変動等が生じた場合、以下のとおりの制約を課している。

(1) 組合員の氏名・名称の変更、事業所の変更、資本額又は出資額の総額が一億円を超え、従業員数が三〇〇人を超えた場合等は、被告協同組合に対する届出義務を課し、違反に対して過怠金を課している。

(2) 被告両組合から許された軽車両運送事業の他、貨物運送事業を経営するについては、被告連合会の承認を受けなければならない。

(3) 被告連合会の承認を経ずに組合員の名称を変更すること、被告連合会又はその会員と誤認するような施設、名称を使用すること、法人営業に変更する際にその商号に「赤帽」の文字を使用することはできない。

(五) 統制違反に対する制裁

被告両組合は、組合員に対する以上のような統制を遵守させるために、組合員に対し以下のとおりの制裁を課している。

(1) 除名事由

〈1〉 被告両組合の招集する会議、催事への参加を拒んだ場合

〈2〉 被告両組合の依頼する業務を正当な理由なく拒み、また、除名脱退者と営業協力した場合

〈3〉 被告連合会の指定車両の塗色、赤帽の表示等を被告連合会の承認を得ずに変更した場合

〈4〉 被告両組合の承認を得ずに指定車両以外の車両を保有又は増車した場合

〈5〉 被告連合会の承認を得ずに組合員の家族が別々に軽車両等運送事業を経営した場合

〈6〉 組合員が保有する自家用自動車又は貸渡し自動車を事業の用に供した場合

(2) 右除名の際、組合員は、車体表示の「赤帽」、登録商標の文字の消去、被告連合会のステッカー、名称の消去、車体塗装の塗替えをしたうえで、その写真を添付して被告連合会に届出、「赤帽」の名称を一切削除し、行政庁に名称変更届を提出しなければならない。

(3) その他、組合員が不当運賃を請求するなど定款、規約に違反した場合に、配車の停止、「赤帽通信」に氏名の公表、研修受忍義務、除名等の制裁が定められている。

(六) 組合員に対する指導育成事業

以上のような組合員に対する統制の他に、被告連合会は、被告協同組合に対して組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上のための全体会議、研修会を定期又は随時実施し、また、被告協同組合の組合加入希望者に対する説明会の応援、被告協同組合主催の組合員に対する研修会、全体会議、総会等を指導監督している。そして、それに基づき、被告両組合は、組合員の指導育成事業として以下のような事業を行っている。

〈1〉 新入組合員に対して随時被告両組合の仕組み、営業方法、交通事故対策等について研修会を実施する。

〈2〉 被告協同組合は、各支部、各地区ごとに組合員を指導掌握し、定期的に支部会議を開催し、本部から組合員への伝達、組合員間の営業状況、荷主の情報交換を行い、組合員の啓蒙を行い、組合員には右会議への参加を義務付けている。

〈3〉 組合員の経営、事業領域の拡大、共同組織に関する知識の普及を図るため、組合員を対象とする研修会、講演会を開催する。

〈4〉 組合員に福利厚生事業を行い、機関紙「赤帽」を発行し、組合員の事業の向上に資する情報の提供、指導を行う。

(七) 組合員からの出資金、手数料等の徴収

被告両組合は、組合員の入会に際して出資金の支払いを求め、また、その行う事業について、使用料・手数料・経費等を徴収し、右金員に年一五パーセントの延滞金を課している。さらに、被告両組合が自ら荷主との間で運送契約を締結し、組合員に配車して運送させ、運賃は被告両組合が自ら取得する共同荷受、被告両組合への運送依頼に対して組合員にその荷主を振り分け、運賃の五ないし一〇パーセントを組合員から徴収する共同配車等の制度がある。

(八) 以上のとおり、被告協同組合所属の組合員の事業は、被告両組合の事業と全く独立して行われているものではなく、利益が直結しており、組合員の事業の繁栄・衰退が被告両組合の事業の繁栄・衰退につながる関係にあり、そのため、被告両組合は、組合員の事業に異常な関心を示し、厳しい統制を加えているのである。このような被告両組合の指導監督を含めた組合員に対する統制、それに基づく事業の一体性からすれば、被告両組合とその組合員、具体的には被告柏木との間には、外観上民法七一五条にいう使用関係が認められる。したがって、被告柏木が本件運送契約に基づき昭和六一年一二月一七日に行った運送は、被告両組合の事業の執行に当たるものである。

8  原告の損害

(一) 原告は、訴外小川に本件絵画紛失の損害賠償として一三〇〇万円を支払った。

(二) 原告は、本件絵画を紛失したことにより、信用を重んじられる古美術業界における信用を失墜するなど、重大な精神的苦痛を受けた。右苦痛を慰藉するには、三〇〇万円が相当である。

(三) 原告は、本訴の提起・追行を弁護士である原告訴訟代理人らに依頼し、その報酬として、請求金額の一割である一六〇万円を下らない額を支払うことを約した。

9  よって、原告は、被告柏木に対しては、本件運送契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告両組合に対しては、商法二三条に基づき成立する被告両組合との本件運送契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ原告に生じた右損害合計一七六〇万円及び内金一六〇〇万円に対する本件絵画紛失の日である昭和六一年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告ら(請求原因5ないし7については被告両組合)の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4は争う。

5  請求原因5(一)(1)ないし(7)の事実

のうち、組合員の商号の頭に「赤帽」の商標を掲げることが義務付けられていること、指定車両、運賃請求書、領収書、電話帳等に「赤帽」の商標及び被告両組合の名称、その他「赤帽」に関する原告主張の記載があること、新聞紙上及びパンフレットで原告主張の記載内容での広告をしていることは認めるが、右表示が全国組織である被告両組合が組合員の締結する運送契約の最終責任主体であるかのような表示であるとの点は否認する。すなわち、組合員の指定車両における表示については、前部ドアの下部に各組合員個人の商号(被告柏木の場合は「赤帽埼玉日進運輸」)を表示させ、その下にさらに組合員個人の電話番号を表示させている。運賃請求書、領収書、電話帳等の表示についても右同様に各組合員個人の商号及び電話番号をもあわせて表示している。このように、右各表示は、一般人から見ても営業主体である組合員個人と被告両組合とを識別することができ、営業主体が被告両組合であると誤認するような表示ではなく、名板貸には該当しない。

(二) 請求原因5(二)(1)ないし(3)の事実は認める。

(三) 請求原因5(三)の事実のうち、被告柏木が原告に対しても統一仕様の車両及び運賃請求書等を使用していたこと、被告柏木の都合のつかない時は代わりに他の赤帽業者が来て運送を行っていたこと、本件運送の際も赤帽永昌運輸が手伝っていたことは認めるが、その余は否認する。原告が被告柏木に美術品の運送を依頼していたのは、他の運送業者に美術品と明告して委託すれば、運送料金が割高になってしまうために、被告柏木に普通貨物として運送を委託することにより低価額の料金で運送することを意図したためである。原告が被告柏木に美術品の運送を依頼してから本件事故まで二年半経過しており、原告は、被告柏木の運送業の実態を把握していた。すなわち、本件事故以前にも、原告の花器が運送中に破損された事故があったが、原告は、被告両組合に損害賠償を請求することなく、大幅に減額した金額で被告柏木のみと和解しており、被告柏木の運送業を被告柏木個人の事業として認識していた。以上のように、本件運送契約時においても、原告は、被告両組合を事業主と誤信してはいない。

6  請求原因6の事実は否認する。

7  請求原因7(一)ないし(七)の各事実は認めるが、同(八)は争う。組合員は、各自独立した事業体であって、自己責任において運送業を経営している。被告両組合は、各組合員の事業内容については干渉せず、指導監督権は持っていない。被告両組合の行う事業は、中小企業等協同組合法に根拠を置き、相互扶助の精神に基づき、かつ、組合員に対する直接奉仕を原則として、その範囲内での事業と限定されている。共同荷受、共同配車等の事業もそれらを希望する組合員に対する奉仕の一環として行われており、組合員に業務を強制するものではない。組合員に対する種々の統制も、被告両組合は中小企業等協同組合法により組合員になろうとする者の組合加入を正当な理由がなければ拒めないのであるから、同法の範囲内で組合員に対する統制が必要となるのは当然であるし、出資金・手数料等の徴収についても、被告両組合も法人格を有する組織体で、施設費・人件費等の経費がかかる以上、利用者たる組合員の自己負担を求める必要があるのであって、組合員と被告両組合の利益が直結しているとはいえない。

8  請求原因8(一)の事実は不知。同(二)(三)は争う。

三  被告らの抗弁(抗弁3については被告両組合)

1  高価品の種類及び価額の明告の欠如

本件絵画は、高価品であるところ、原告は、被告柏木に対し、本件運送契約締結時までに、運送品の全体の数量や運送品中に本件絵画があることを告げていない。東急百貨店東横店での運送品の引渡しの際にも、「大切な絵」と告げただけで、絵画の種類及び価額について告げていない。したがって、商法五七八条により、被告柏木及び被告両組合は、本件事故につき一切の責任を負わない。

2  過失相殺

(一) 本件車両を含め、被告両組合指定の軽自動車は、衝撃による積荷への影響が他の大型車両より大きく、設備・備品の点からしても美術品の運送には適しておらず、また、従前に被告柏木に美術品の破損事故があり、十分な賠償が得られなかったにもかかわらず、原告は、他の運送業者に美術品と明告して委託すれば運送料金が割高になってしまうために、被告柏木に普通貨物として運送を委託することにより低価額の料金で運送することを意図した。

(二) 原告は、昭和六一年一二月一〇日の東急百貨店東横店への搬入に際しては、三台の車両を要したにもかかわらず、同月一七日の引取搬送は、二台の車両で行うよう被告柏木に指示している。被告柏木としては、積荷の増減を事前に認識するのは不可能であるから、右指示に従うほかなく、二台の車両で東急百貨店東横店に来てしまった以上、無理にでも二台に積み込まざるを得なかった。そして、被告柏木は、具体的な荷物の仕分け、積込み及びその順序等については原告の指示に従った。そのため、扉の施錠ができず、本件事故が生じたものである。

以上のとおり、本件事故発生については、原告にも過失があるから、損害額につき、相当の割合で過失相殺されるべきである。

3  被告両組合を事業主と誤信したことについての重過失(請求原因5に対して)

仮に原告が、本件運送契約の主体を被告両組合であると誤信したとしても、請求原因に対する認否5(一)で述べたように、組合員の指定車両、運賃請求書、領収書、電話帳等の表示については、いずれも各組合員個人の商号(被告柏木の場合は「赤帽埼玉日進運輸」)をも表示させ、さらに組合員個人の電話番号を表示させているのであって、一般人から見ても営業主体である組合員個人と被告両組合とを識別することができ、営業主体が被告両組合であると誤認するような表示ではなく、また、請求原因に対する認否5(三)で述べたように、原告と被告柏木との取引は、本件事故までに二年半に及び、その間には花器破損事故があり、事後処理が紛糾したことからすれば、原告は、被告柏木の経営実態を十分に把握できたはずであり、原告が本件運送契約の主体を被告両組合であると誤信したことには、重大な過失がある。したがって、商法二三条の適用はなく、被告両組合は責任を負わない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件絵画が高価品であることは認めるが、種類及び価額の明告義務を果たしていないとの点は争う。原告は、被告柏木に対し、本件絵画を搬出する際、展示会場においても、積込みの際においても、本件絵画は二二〇〇万円もする非常に高価なものであるので取扱いに十分注意するように、指示しており、明告義務は果たしている。

2(一)  抗弁2(一)の事実は否認する。

(二)  抗弁2(二)の事実のうち、東急百貨店東横店への搬入及び搬出の際に被告柏木に指示した車両の台数は認めるが、搬出の際、原告が荷物の仕分け・積込み等について被告柏木に指示をしたとの事実は否認する。その余は否認する。

3  抗弁3の事実は否認する。組合員の指定車両、運賃請求書、領収書、電話帳等の表示中の組合員の個人商号は、全体の表示方法からして、被告両組合の取扱組合員との印象を与えるにすぎない。また、花器破損事故の際は、損害額もさして大きくなく、被告柏木の段階で紛争は解決したので、被告両組合に対し請求する必要はなく、被告柏木の経営実態は知り得なかった。

五  再抗弁

1  高価品であることの認識(抗弁1に対して)

被告柏木は、本件絵画が東急百貨店東横店で金二二〇〇万円で売りに出されていたことを知っていた。このように、運送人が高価品であることを知っていた場合は、商法五七八条の適用はないと解すべきであるから、仮に高価品の種類及び価額の明告がなかったとしても、被告柏木及び被告両組合は、責任を負う。

2  本件事故についての被告柏木の重過失(抗弁1に対して)

被告柏木は、本件事故直前に、本件車両に運送品を積み込み、東急百貨店東横店を出発する際、運送品の一部である展示台が車両後部にはみ出たため、後部扉を閉め、施錠することができない状態であったにもかかわらず、後部扉を鎖でつないだだけで出発し、運送途中に振動等により後部扉が開き、本件絵画が落下し、紛失したものと考えられ、本件事故は、被告柏木の重過失により惹起されたものというべきであり、商法五八一条により、同法五七八条の適用は排斥される。

六  再抗弁に対する被告らの認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  再抗弁2の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  被告柏木に対する請求についての判断

一  当事者、運送委託契約の締結、本件絵画の紛失、被告柏木の責任について

請求原因1の事実(当事者)、同2の事実(運送委託契約の締結)、同3の事実(本件絵画の紛失)は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、被告柏木の責任(請求原因4)について判断するに、本件のように運送人が過失によって運送品を紛失した場合には、運送人は、特段の事情がない限り、運送契約上の債務不履行による損害賠償責任のほかに、不法行為による損害賠償責任をも負うものと解すべきである。そして、右の当事者間に争いがない請求原因1ないし3の事実による限り、被告柏木には運送人に一般的に要求される注意義務に違反して本件絵画を紛失した過失があるものというべきであるから、被告柏木は、原告に対し、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任を負い、かつ、不法行為による損害賠償責任をも負うべき筋合いである。なお、本件全証拠によるも、被告柏木が本件絵画を故意により紛失したとの事実を認めることはできない。

二  被告柏木の本件運送契約上の債務不履行及び不法行為責任の帰趨

そこで、被告柏木の本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任に関する抗弁1(高価品の種類及び価額についての明告の欠如)、再抗弁1(高価品であることの認識)、再抗弁2(本件事故についての被告柏木の重過失)につき検討する。

なお、原告は、被告柏木に対し、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償のほかに、これと択一的に不法行為による損害賠償をも請求するものであるところ、被告柏木には、右判示のとおり、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任のほかに、不法行為による損害賠償責任が成立するので、被告柏木の主張する抗弁1が本件運送契約上の債務不履行による損害賠償請求に対する関係で抗弁たりうるほか、不法行為による損害賠償請求に対する関係でも抗弁たりうるかについて検討するに、原告が本件運送契約の当事者であり、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償請求を行使することができる以上、不法行為による損害賠償請求に対する関係でも、抗弁たりうるものと解すべきである。けだし、商法五七八条は、確かに運送契約上の損害賠償責任の減免を定めた規定ではあるが、不法行為による損害賠償請求に対する関係では常に抗弁たりえないとすると、運送契約上の損害賠償請求を行使すると同条の規律を受けざるをえない運送契約の当事者が、不法行為による損害賠償請求を行使することを選択すると、同条の規律を免れる結果となり、同条の趣旨を没却することとなるからである。

1  抗弁1(高価品の種類及び価額の明告の欠如)について

本件絵画が高価品であることは、当事者間に争いがない。しかしながら、原告本人尋問の結果によるも、原告が被告柏木に対し本件運送契約の締結ないしは遅くとも運送行為の着手(運送品の積み込み行為の開始)までに本件絵画が高価品であることやその価額について明告していると認めることはできないから、抗弁1は失当である。

2  再抗弁1(高価品であることの認識)について

原告は、仮に種類及び価額の明告がされなかったとしても、被告柏木は本件絵画が高価品であることの認識があったと主張するので判断する。

思うに、運送委託人が運送人に対し高価品の運送を委託するに当たり高価品であることを明告しなかったとしても、運送人が当該運送品が高価品であり、かつ、その価額を認識していた場合には、運送委託人は運送人に対し高価品の種類及び価額を明告しないでも、なんら運送人の利益を害することはないから、運送人は、商法五七八条によって損害賠償の責任を免ぜられることにはならないというべきである。しかしながら、運送人が認識した内容は、当該運送品が高価品であるとの認識を漠然と有していたというだけでは足りず、当該運送品の種類及びそのおおよその価額を正確に認識していたことを要すると解すべきである。けだし、運送人が認識した限度で損害賠償責任を負うとの考え方によると、運送人と運送委託人との法律関係が運送人の漠然とした内心の認識内容に左右される不安定、かつ、曖昧なものとなり、法的安定性ないし明確性に欠けるからである。

本件についてこれをみるに、次の3で認定する事実及び原告本人尋問の結果によれば、被告柏木は、原告から本件絵画等の運送を委託されるに当たり、原告の指示説明などから本件絵画がかなり高価な絵画であるとの認識を有するに至ったものと推認することはできるが、被告柏木の本人尋問の結果によれば、被告柏木は、本件絵画が数百万円のものか、あるいは数千万円のものかについては、極めて漠漠たる認識を有していたにすぎないことが認められ、被告柏木は、運送を委託されるに当たり本件絵画の価額について必要な認識を有していたとはいえないから、再抗弁1は失当である。

3  再抗弁2(本件事故についての被告柏木の重過失)について

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告柏木、赤帽永昌運輸こと永昌某、原告及びその妻、原告が雇ったアルバイト学生二名の計六名は、昭和六一年一二月一七日午後八時ころ、東急百貨店東横店一〇階展示会場から本件絵画を含む美術品の梱包及び搬出の作業を開始した。

(二) 右美術品は、搬出後、本件車両と永昌の車両の二台に分けて積み込まれたが、本件絵画は縦一メートル、横六〇センチメートルと大きく、かつ、高価な物であったため、最後に積み込むことにし、ガラス面を上にして、被告柏木の車両の荷物室の一番上の部分に寝かせて載せた。

(三) 本件車両の後部扉の構造は、上部と下部からの二枚扉の両開き形式であり、下部扉に上部扉が被さり、右二枚の扉が中央部で完全に嵌合しないと施錠できない構造になっていた。

(四) 本件絵画を最後に美術品の積み込み作業が終わり、被告柏木が本件車両の後部扉を閉めようとしたところ、運送品の一部である展示台が車両後部にはみ出していたため、下部扉を閉めることができず、上部扉と下部扉とを嵌合させて施錠することのできない状態であったが、運送品を積み終えた時点で既に午後九時を過ぎており、原告も急いでいたため、運送品を積み直すこともなく、下部扉と車両本体とを鎖でつなぎ、上部扉を下に降ろしただけの状態で出発した。

(五) 被告柏木は、午後九時三〇分ころ、小川方に向かって東急百貨店東横店を出発し、六本木通りを走行して、午後一〇時過ぎころ六本木交差点を通過したが、右交差点を通過して間もなくして、本件車両の横をタクシーがクラクションを鳴らしながら通過していったため、不審に感じて、停車して車両後部を見たところ、上部扉が開いていたので、扉を下に降ろし、再び発車させた。

(六) 被告柏木は、本件車両を発車させた後、荷物室の一番上に載せた本件絵画の様子が気になり、再び停車させ、車両後部を見たところ、本件絵画がなくなっていたことに気付いた。

(七) 被告柏木は、タクシーがクラクションを鳴らして通過していった地点まで戻り、本件絵画を捜したが、結局本件絵画は見つからなかった。

右事実からすると、本件絵画は、嵌合も施錠もされていない上部扉が本件車両の走行中の振動等によって上方に開き、これによって本件車両から落下し紛失したものと推認される。被告柏木は、貨物運送業を営む者として、運送品を自動車に積み込んだときは、積込口の扉を施錠するか、少なくとも扉を完全に嵌合させ、もって走行中に開扉することのないように確認すべき注意義務があったのであり、かつ、右のような注意義務を尽くすことは、わずかな注意をしさえすれば容易にできたことであるから、被告柏木には重過失があったものというべきである。

4  右のとおり、被告柏木には本件絵画の紛失につき重過失が認められるから、商法五八一条の趣旨により同法五七八条の適用はなく、被告柏木は、本件事故により生じた損害について、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任及び不法行為による損害賠償責任の双方を負うものというべきである。

四  原告の損害について

原告が訴外小川に対し損害賠償として昭和六一年一二月一七日価額弁償として一二〇〇万円、「お詫び代」として一〇〇万円の合計一三〇〇万円を支払った事実(請求原因8(一))は、〈証拠〉によって認めることができる。

右事実によれば、原告は、本件絵画の紛失によって、一三〇〇万円の財産上の損害を被ったということができる。右の損害は、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任及び不法行為による損害賠償責任の双方についての損害として是認することができるが、原告が右損害に対する遅延損害金の支払を求める起算日を本件事故の発生日である昭和六一年一二月一七日としていることに鑑み、不法行為による損害賠償責任における損害として肯認することとする。

五  過失相殺について

1  抗弁2(一)の事実中、本件車両を含め、被告両組合指定の軽貨物自動車が、衝撃による積荷への影響が他の大型車両より大きく、設備・備品としてもロープや毛布程度のものしかなく、本件絵画のような大型の美術品の運送には適していないことは、〈証拠〉によりこれを認めることができる。また、従前にも原告が運送を委託した花器が破損する事故があり、その事故処理の際に、本件絵画のような高価な美術品は、被告柏木が加入している損害保険契約の対象にはならないことを原告が認識するに至ったことは後に認定するとおりであるところ、原告本人尋問の結果によれば、右のような事情にもかかわらず、原告が被告柏木に対し美術品の運送を継続的に依頼してきたのは、軽貨物自動車による運送が小回りがきくことのほか、美術品を一般貨物として運送依頼することにより運送料金を安く抑えることができるためであったことが認められる。

抗弁2(二)の事実中、原告の指示により、東急百貨店東横店へ三台で搬入した美術品を本件事故当日の搬出の際には二台に積み込まざるをえなかった点は、当事者間に争いがない。また、原告及び被告柏木の各本人尋問の結果によれば、美術品の搬出の際の梱包については、原告が中心となって行い、積込みについても、原告が本件絵画を最後に積み込むよう被告柏木に指示したことが認められる。

2  右の事実によれば、原告は、被告柏木の本件車両が本件絵画のような大型の美術品の運送には適しておらず、損害が生じた場合の補填能力も十分でないことを過去の事故処理等を通じて認識し、被告柏木に高価な美術品の運送を依頼した場合には再び事故が生じる危険性及び事故が生じた場合には損害が補填されない可能性が高いことを容易に予見できたにもかかわらず、被告柏木に対し高価な美術品であることについて十分な説明をしないで、あるいは被告柏木が相応の損害保険に加入している運送業者でないことを知りながら、専ら運送料金を廉価におさえるため、一般貨物として被告柏木に運送を依頼してきたものであることは、美術商として安易・軽率な態度であったということができ、さらに、美術品搬出の際に、原告が車両を二台しか指示しなかったため、運送品の積み込みにかなりの無理が生じ、その結果、前記認定のとおり、下部扉が閉まらなくなった可能性は否定できず、このような場合には、被告柏木においても、運送業者として、閉扉及び施錠のため運送品の積み直しをするとか、永昌の車両に運送品を移し変えるとか、又は無理な搬入運送であることを理由に拒絶する等の措置をとるべきであったことはいうまでもないものの、原告の右の三台で運搬搬入した美術品を二台で搬出運搬しようとした判断及び措置にも、大きな過失があるものということができる。

3  以上の点を総合斟酌すると、被告柏木の過失も重大であるが、原告の過失もかなり大きく、原告の前記損害額について三割の過失相殺をするのが相当である。

六  原告のその他の損害について

1  慰藉料(請求原因8(二))については、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件絵画を紛失したことによって古美術業界で信用を失墜した事実を推認することができる。そのほか、原告が訴外小川に対し「お詫び代」として一〇〇万円を支払い、原告は、これによって少なくとも訴外小川に対する関係では信用回復をしていると推認され、かつ、右支払は前判示のように原告の財産的損害として既に斟酌済みであること、原告及び被告柏木の双方の過失の程度など本件記録に顕われた一切の事情を考慮すると、右の信用失墜による原告の損害を補填するには五〇万円が相当である。右の損害も、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任及び不法行為による損害賠償責任の双方についての損害として是認することができるが、原告が右損害に対する遅延損害金の支払を求める起算日を本件事故の発生日である昭和六一年一二月一七日としていることに鑑み、不法行為による損害賠償責任による損害として肯認することとする。

2  弁護士費用(請求原因8(三))については、原告の請求額、認容額、本件訴訟の難易、その他の事情を総合すると、認容額の約一割に相当する九五万円が相当である。右の損害は、本件運送契約上の債務不履行による損害賠償責任についての損害としてはにわかに是認することはできないが、不法行為による損害賠償責任についての損害としては是認することができる。

七  まとめ

以上によれば、原告の被告柏木に対する請求は、不法行為に基づく前記財産上の損害一三〇〇万円の七割である九一〇万円、慰謝料五〇万円、弁護士費用九五万円の合計金一〇五五万円及び内金九六〇万円に対する本件事故発生の日である昭和六一年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないものというべきである。

第二  被告両組合に対する請求についての判断

一  被告両組合の名板貸責任(請求原因5)について

1  請求原因5(一)(1)ないし(7)の事実中、〈1〉被告両組合の組合員の商号の頭に「赤帽」の記載を掲げることが義務付けられていること、〈2〉被告両組合の組合員の指定車両がすべて同一色、同一種類の車両であり、登録商標「赤帽」及び被告連合会の名称の表示で統一されていること、〈3〉組合員の使用する請求書等は、被告協同組合の名称が記載されている統一用紙を用いることを義務付けられ、統一用紙には組合員は「赤帽」の商標が入った自己の名称を記載するよう義務付けられていたこと、〈4〉職業別電話帳では、「赤帽は全国で二万台の赤帽車が荷主さんの身になって働きます。」とのキャッチフレーズのもと、指定車両の図に「赤帽連合会本部、荷主さんの心を運ぶ赤帽車」と記載した広告を載せ、被告両組合の組合員である「赤帽」の商標を冠した運送業者が多数存在することが明らかにされていたこと、〈5〉新聞紙上において、「ニッポン全国へ迅速に」「二四時間体制」「全国ネットワーク」「引っ越し規模に合わせて赤帽車の台数をそろえる」などと宣伝していること、テレビ・ラジオ等において、赤帽による運送が全国ネットで信頼できることなどの宣伝を行ってきたこと、〈6〉利用者向けのパンフレットに、赤帽による輸送が全国ネットワークであること、赤帽による運送が信頼できるものであり、万全の態勢で輸送すること、二四時間体制であり、被告両組合に電話をかければ、何時でも運送の受付に応じること等を宣伝していること、主要取引先として大企業を何社も掲げていること、以上の事実は当事者(原告と被告両組合の意、以下同じ)間に争いがない。

2  また、請求原因5(二)(1)ないし(3)の、被告柏木についての前記同様の商号、指定車両、運賃請求書、電話帳等の「赤帽」の商標及び被告両組合の名称の表示、新聞紙上及びパンフレットでの広告の事実も当事者間に争いがない。

3  しかしながら、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告柏木を含めた組合員の商号は、「赤帽埼玉日進運輸」「赤帽板屋運送」というように、頭文字に「赤帽」を掲げ、これに組合員の固有名詞とともに運送事業を表す名称を付したものとなっている。

(二) 指定車両には、前部両側の扉に合計二か所、組合員の個人商号及び電話番号が記載され、被告柏木の場合は、後部の下部扉にも、すなわち合計三か所に個人商号及び電話番号が記載されている。

(三) 運賃請求書及び領収書には、被告協同組合の表示の下部に、組合員の個人商号、住所及び電話番号がゴム印で押印され(個人商号の部分については、被告協同組合の表示より大きい字体となっている。)、さらにその上に個人商号の読み取れる角印が押印されている。

(四) 職業別電話帳では、その地区の被告協同組合支部の広告とは別枠で組合員の個人商号(被告柏木のように代表者として個人名をも記載している例もある。)での広告あるいは電話番号の記載が多数存在し、かえって被告協同組合支部と各組合員とは別個独立している印象を与える。

(五) 新聞広告や利用者向けのパンフレットにも、「誰でもできる赤帽運送事業。ご希望の方はお近くの赤帽までお申込み下さい。」「赤帽組合員は、組合の指導を受け、国から軽車両運送事業者の資格を取得し、かつ、全国組織の所属員適格者として赤帽協同組合加入を認められた有能な事業者です。現在、一万数千人の組合員は、ひとりひとり事業オーナーとしての誇りをもち、全国の荷主さんに、確実、礼儀、親切をもって接しています。」「私達赤帽車は、ご存知のとおり運送業界の中でも一番小さな車両を保有した、零細な業者の集まった全国協同組合連合会ではございますが……」等の、赤帽車による営業が組合員個人の事業である旨の記載がある。

4  前記争いのない事実及び右に認定した事実を総合して考えると、被告柏木を含めた被告協同組合の組合員は、その商号に被告両組合から貸与を受けた登録商標「赤帽」を冠し、また、「赤帽」の商標の記載のある同一仕様の車両、運賃請求書等を使用し、「赤帽」の商標を前面に出した広告をすることによって、全国的な組織のイメージを与え、マスコミ・企業・荷主等に対する信頼性を向上させることができ、それがフランチャイズシステム特有のメリットであることは明らかである。しかしながら、右商標の使用が、商法二三条の名板貸に該当するというためには、組合員の「赤帽」の商標を使用しての運送業の営業が右商標を貸与している被告両組合そのものの営業あるいはその一部と見られる外観が存在することが必要であるところ、各組合員個人が使用している商号の表示は、「赤帽」の商標が最も目立つように冠され、一見すると紛らわしい点があり、先に認定した広告の方法等とも合わせ考えると、運送契約締結の際における個別業者の説示の仕方如何によっては、運送契約の責任主体が「赤帽」の商標権者であるとの誤解を与えることも考えられないでもないが、被告協同組合の組合員と取引をしようとする一般第三者の立場から、全体として右表示方法を見れば、右商号の表示は、先に認定したとおり、組合員個人の商号を表示したものと見ることができ、被告両組合の事業の表示とは区別することが可能であり、自らの契約の相手方が事業者である組合員個人であると認識することに格別の困難はないものと認められる。

5  仮に、右表示が被告両組合の事業の表示であると認めることができるとしても、請求原因5(三)につき判断するに、原告が、被告柏木に美術品の運送を依頼したのは、被告両組合の組合員が全国ネットワークを組んでおり、代替性があること、軽貨物自動車による運送が迅速で小回りがきくこと、美術品を一般貨物として運送依頼することにより運送料金を安く抑えることができること等の理由によるものであったことは先に認定したとおりであり、原告が被告柏木に美術品の運送を依頼しているときも、被告柏木が統一仕様の車両・運賃請求書等を使用していたこと、被告柏木が都合が悪いときは、他の赤帽業者が被告柏木に代わって運送していたこと、本件運送の際も赤帽業者である永昌が手伝っていたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によれば、(一) 原告は、古美術商を始めて既に一〇年以上になり、職業柄いろいろな運送業者と接する機会が多かったこと、(二) 原告は、被告柏木に昭和五九年後半ころから美術品の運送を依頼するようになり、多い時で一か月に四回程度の割合で依頼していたこと、(三) 被告柏木に代わり、他の赤帽業者が運送したときに原告が受け取った請求書・領収書等は、様式は一致しているが、いずれもそれぞれ異なった個人商号・住所・電話番号の記載があり、個人商号の押印がされていること、(四) 昭和六〇年一二月ころ、被告柏木が運送中に原告の花器を破損させた事故があり、右花器は時価約五〇万円ほどであったが、被告柏木が被告協同組合と交渉した結果、美術品については損害保険の保険金が支払われないことが判明し、原告は、被告両組合に対し責任を追及することなく、被告柏木個人から一四万三八五〇円の支払いを受けるだけで和解を成立させ、被告柏木に対し、「柏木」宛の領収書を交付したことを認めることができる。

以上の事実によれば、原告は、本件事故までに被告柏木と二年以上取引を継続しており、途中に商号の異なる他の赤帽業者が代わって運送したり、花器破損事故の損害の処理を通じて、当初はともかく、本件運送契約締結時においては、原告は、被告柏木の個人経営の実態を十分認識するに至っていたこと、すなわち、被告両組合が営業主ではないことを知っていたことは、推認するに難くないところである。原告本人尋問の結果の中には、原告が本件運送契約締結時においても被告両組合を営業主と信じていたとの部分があるが、右に認定した原告の古美術商としての経験、被告柏木との従来からの取引等の事実に照らし、不自然かつ不合理な内容であって、とうてい信用できるものではない。

6  したがって、右いずれの観点からも、被告両組合は、原告に対し、本件運送契約上の責任を名板貸によって負うことにはならないというべきである。

二  被告両組合の共同不法行為責任(請求原因5)について

フランチャイズシステムをとる被告両組合において、個々の事業者に商標を使用することを認め、全国的な組織のイメージを世間に対して形成し、個々の事業者の経営を有利にしようとする行為は、競争社会における経済活動の一態様として許されるものというべく、なんら違法性を有するものではないし、また、原告において本件運送委託契約の相手方が被告両組合であったと誤信していたとの事実は、前判示のように認めるに足りる証拠はないから、被告両組合に共同不法行為責任が成立するとする原告の請求は理由がない。

三  被告両組合の使用者責任(請求原因7)について

1  請求原因7(一)ないし(七)の各事実は当事者間に争いがない。すなわち、被告両組合は、組合員の入会に際して種々の制約・手続を課し、出資金を徴収し、被告両組合自身としても共同荷主・共同配車等の事業を行い、組合員が事業を行うについての遵守事項を定め、賦課金・手数料等を徴収し、事業に変動が生じた場合にも届出義務、種々の制約を課し、右遵守事項及び制約の実効を期するために組合員に対する制裁を予定し、その他組合員に対する種々の指導育成事業を行うなど、多方面で組合員を統制しているということができる。

2  しかし、請求原因7(八)の事実についてみるに、〈証拠〉によれば、被告両組合の組合員は、各自が独立した運送事業者であって、自己責任で運送業を経営していること、被告両組合は、中小企業等協同組合法に基づいて設立され、組合員の相互扶助の精神に基づき、組合員のために必要な共同事業を行い、もって組合員の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図ることを目的とし、被告両組合が行う共同荷受・共同配車等の事業も、組合員に対する奉仕の一環(仕事のない組合員に仕事を分配する。)として行われていること、被告両組合は、各組合員の事業内容については報告を求める等の干渉はせず、指導監督権はもっていないことが認められ、また、前記組合員に対する手数料等の徴収や被告両組合による種々の統制も、被告両組合の組織の維持運営や健全な発展及び組合員の経済的地位向上という目的達成のための必要かつ合理的な範囲内にあることが認められるのであって、これをもって被告両組合と各組合員が直結しているということはできない。したがって、被告両組合と被告柏木を含めた組合員との間には、外観上も民法七一五条にいう使用関係を認めることはできない。したがって、民法七一五条に基づく請求も理由がない。

第三  結語

以上によれば、原告の請求については、被告柏木に対する不法行為に基づく請求のうち前記理由のある限度で認容することとし、被告柏木に対するその余の請求及び被告両組合に対するすべての請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 瀧澤 泉 裁判官 小出邦夫)

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